小象のしっぽ(小象の会ブログ)

小象の会(NPO生活習慣病防止に取り組む市民と医療者の会)は一般市民の方と医療者が力を合わせ、生活習慣病に関する様々な情報発信を行っているNPOです。このブログでは、メンバーの趣味や創作など、日々の生活を彩る様々な事柄について気楽に掲載しています。

オペレッタ『こうもり』①

ダンパ私の所属する合唱団では、年に1-2回、プロの声楽家の方たちとご一緒に演奏会を行います。コロナ禍でお客様を招いた演奏会が全くできなかった時期もありましたが、今年になってからは演奏会で使用するホールの規定を守れば、お客様を入れての演奏会もできるようになりました。
3月にはモーツアルトの『戴冠ミサ』『レクイエム』の公演を無事に終え、次は8月にヨハン・シュトラウスのオペレッタ『こうもり』の公演を控え、現在練習中です。
シュトラウスはワルツ王として有名なウィーンの作曲家ですが、その音楽は親しみやすい美しいメロディーと宮廷舞踏音楽家でもあったためか上品な明るさがある気がします。
『こうもり』の音楽も例外ではなく、お話の内容は、結局たわいもないドタバタですが、楽しい曲が満載で最後は飲めや歌えのハッピーエンドで幕となります。ウィーンでは大みそかに演奏されるのが恒例になっているとか。(日本の第9とはずいぶん雰囲気が違いますね)
全部で3幕あるうち、合唱団は2幕から出演します。2幕はロシア人の大金持ち、お金がありすぎてパーティー三昧の生活にもあきあきしているというオルロフスキー公爵のパーティに参加している社交界の人々です。社交界にもシャンパン尽くしのパーティにも無縁な私たちですから、はたして演じることができるのか… 合唱もさることながら、なり切るのは難しい…

これから公演本番までの間、練習風景を少しずつ、ブログに書いていこうと思います。

医者になれなかった医者の息子の話

 開業医の家に生まれ育った私が、結局医者になれなかったという話です。

 私が生まれたのは第一次ベビーブームの時期、当時の開業医は、職住一体。小児科であったので、子供の泣き声が一日中聞こえる毎日でした。子供さんはなぜか夜や週末に症状が急変することで、診療に来られることが多く、そのような環境の中で私は育ってきました。

 そのため、家族でのまとまった行事は後回しになりますが、それを不満に思ったことは無く、父が医者であることは、誇りでした。

 自分の将来を、父から強制されたことは一度もありませんでした。しかし、自然と医者になろうという気持ちを持つようになったのです。余談ですが、父親が勤務医の場合、子供が跡を継ぐ意識(義務感)はそれほど大きくないように思えました。

 小学校は市内の公立でした。名門中学に進学しようと神奈川の栄光学園と国立大学の付属中学校を目指そうとしましたが、栄光学園はクラス担任から無理だからあきらめるよう諭され、付属中学校は不合格でした。ということで小学校と同学区の中学校に進学しました。それなりに勉強はしました。(後から振り返ると、「それなりに」では足りなかったことを思い知ることになります)。当時、市内の義務制の中学校は、上位二校のレベルが、特に高く、子供に将来をかける親たちの、いわゆる越境入学が散見されました。

 今では中学生が塾に行くことはそれほど珍しくはありませんが、当時はメジャーではなく、私塾に行く人がわずかに見られ、それなりに成果が表れました。

言い訳ではありませんが、私は学校の勉強だけで高校を受験した結果、県立は不合格で、私立高校に入学、ここで大学の医学部を目指すことになりました。

 私の行った高校は、生徒の自主性を重んじる方針で、三年生では自習できる時間が取れる配慮がされていました。私はごく普通に勉強をしましたが、自信を持てるレベルには至りませんでした。

 私は、私立の医学部を受験しましたが不合格。私の記憶では、受験した大学の合格率は約20倍、しかも、この年は東大紛争により東大受験のなかった年で、東大理Ⅲを本来受ける予定の受験生が受験先を切り替えるか、浪人して翌年東大を受験するような医学部受験には厳しい状況でした。一方、昭和40年代は国民皆保険制度の定着による医師不足や医療水準向上の要請などに対応し、医学部の拡充が図られた時期でもありました。

 結局、現役受験に失敗し、さらに一浪しても医学部に合格することができず、止む無く方向転換し、二浪して文科に進み、私の医者への道は終わりました。

 父は、本当は私を医者にしたかったのだと思います。私は父に申し訳ないという気持があり、それをいまだに持ち続けています。

教訓:少年易老学難成   
                                       櫻井 義人                                        

SPレコードの思い出。NO.3 ロッテ・レーマンが歌うシューベルトのセレナーデ

僕が大好きなSPレコードにロッテ・レーマンが歌うシューベルトのセレナーデがありました。このレコードはピアノではなくオーケストラが伴奏をしていました。このレコードの魅力は、①男性が歌うことが多い曲をソプラノで歌っていること。②ロッテ・レーマンの歌唱が素晴らしいこと。③オーケストラの伴奏であること。④SPレコード独特の音がよくマッチしていることの4点です。
今でもソプラノで歌っているCDを探していますが、なかなか良い物がありません。オーケストラが伴奏しているCDも少ないです。このSPレコードに近いものは映画「未完成交響楽」の中に出てくるマルタ・エゲルトが歌っているセレナーデがあります。YouTube動画が出ていますので、機会がありましたらぜひ観て下さい。

(8) 映画「未完成交響楽シューベルトのセレナーデ(1933Schubert: Ständchen - YouTube

YouTubeが読み込めなかったらごめんなさい)

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